2010年06月21日

宮里藍・全米女子オープン

2010.6.21

宮里藍、逆転で今季4勝目=世界1位初奪取、米本土で初勝利―米女子ゴルフ

2008年、6/28、全米女子オープン2日目、7番ホール316ヤード、パー4・・
ー2、13位中

藍&さくら12位、桃子21位/米女子ゴルフ6/27

宮里藍

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

宮里 藍(みやざと あい、1985年6月19日 - )は、沖縄県国頭郡東村出身のスポーツ選手、プロゴルファー。

愛称は「藍ちゃん」。サントリー所属。日本女子プロゴルフ協会のプロフィールによれば身長155cm、体重52kgバスト89cmFカップ。自身の公式ウェブサイトでは身長155.3cmとしている

宮里家は3人兄弟の家族で、藍は末の妹である。「藍」の名前の由来は父が辞書で調べると最初の方に出てくる名前でトップがとれるようにという理由とのことである。

次兄の宮里優作が、仙台市にあるゴルフの名門・東北福祉大学在学中に「日本学生ゴルフ選手権」で3連覇するなど活躍していたこともあり、藍も優作を追う形で沖縄を出て、仙台市にある東北高校に進学した(東北福祉大と東北高校は系列校ではない)。既に兄の優作の活躍は、在仙台局の夕方ニュース番組のスポーツコーナーで度々紹介されていたが、妹の藍も、高校2年で釜山アジア大会で金メダルを獲得し、アマチュアながら女子プロゴルフトーナメントに参加して、フジサンケイレディスクラシックで優勝争いに加わる(最終順位4位)など、上位に食い込む活躍を始めると「天才兄妹」として紹介されるようになった。

宮里藍は、高校3年の時に地元仙台で開催された「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」で優勝し、2003年10月にプロ宣言をする。こうして彼女は史上初の高校生プロゴルファーとなった。長兄の宮里聖志は、2004年12月の「アジア・ジャパン沖縄オープン」でプロゴルファーとしての初優勝を果たしている。

2004年11月の「エリエールレディスオープン」で優勝し、年間獲得賞金額が1億円を突破。国内女子ツアーでは不動裕理以来2人目の快挙を達成した。この年賞金女王は逃したが、ツアー5勝を挙げ、賞金ランキング2位に入る。2004年日本プロスポーツ大賞新人賞を受賞する。男子も含めゴルフ人気は長く低迷していたが、宮里藍のライバルの横峯さくらとともに女子プロゴルフ界のニュー・ヒロインとして注目され、テレビ中継の視聴率が10%を超えるなどゴルフ人気の復活に貢献した。

2005年2月11日-13日、第1回ワールドカップ女子ゴルフ(南アフリカ)に日本代表として出場し、韓国・アメリカ・オーストラリアなどの強豪国を抑えて優勝した。最終日はそれまで絶好調でチームを引っ張ってきたペアの北田瑠衣が終始不調であったが、それを補って余りあるバーディーラッシュを見せた(ただし、この大会に当時世界最強のアニカ・ソレンスタムは出場しなかった)。

メジャー大会では、初挑戦だった2004年7月末の全英女子オープンは予選落ちするも、翌2005年には11位タイでフィニッシュ、2006年の出場資格を獲得した。2005年度の女子メジャー大会第1戦クラフト・ナビスコ選手権で予選を通過し、同年7月末の最終戦全英女子オープンでメジャー自己最高の11位に入った。6月末の「世界女子マッチプレー選手権」では3回戦まで進出している。

2005年10月に開かれた日本女子オープンゴルフ選手権競技において、感涙の公式戦初優勝を達成、史上最年少の20歳3か月でのツアー通算10勝、並びに同大会史上最年少優勝も獲得した。この大会の最終日、2005年10月2日は「藍ちゃん人気」も手伝ってギャラリー数が史上初めて2万人を超え、また大会全体でも4万人の大観衆を集めた。この後も10月末の「樋口久子IDC大塚家具レディス」に勝ち、11月の「エリエールレディスオープン」大会2連覇も達成している。

米国LPGAツアーへの参戦を目指してツアー出場資格を懸けた最終予選会(2005年11月-12月・米フロリダ州デイトナビーチ)に出場。5日間90ホールの厳しい戦いを、トータル17アンダー、2位と12打差と圧勝、1位で2006年のLPGAツアーカードを取得した。これらの数字は、予選会が5日間となった昨年の1位ポーラ・クリーマーの11アンダーを上回り、また1973年に予選会の制度ができてからの2位との差の新記録である。

2006年度から、宮里はロサンゼルスを拠点に、米国ツアーを主戦場にした。この年から女子プロゴルフにも「世界ランキング」が導入され、宮里は最初に発表された2006年2月20日付のランキングで6位に入った[2]。主な成績は、メジャー大会の全米女子プロゴルフ選手権3位、全英女子オープンゴルフで9位入賞がある。この年は米国ツアー出場21大会中、19大会で予選を通過し、賞金ランキングでも22位に入った。2007年のクラフト・ナビスコ選手権では15位に入っている。2006年からもその兆候はあったが、2007年度は連続5回予選落ち(うち、1回は棄権)するなど、これまでにない不振に陥っている。

宮里藍 - Wikipedia

宮里藍公式ウェブサイト

サントリー・宮里藍サイト


posted by ぴかまま at 10:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女子プロゴルファー
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