2008年06月28日

横峯さくら・全米女子オープン 


横峯、前半終えイーブンパー=全米女子ゴルフ

藍&さくら12位、桃子21位/米女子ゴルフ

横峯さくら

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

横峯 さくら(よこみね さくら、1985年12月13日 - )は、鹿児島県鹿屋市出身の女子プロゴルファー。血液型AB型。身長155cm。エプソン販売所属。ゴルフ好きの父親横峯良郎の影響で8歳からゴルフを始める。長姉横峯留衣もプロ。鹿屋市立田崎小学校 ・ 田崎中学校、明徳義塾高等学校卒業。父方の伯父に社会福祉法人純真福祉会理事長の横峯吉文がいる

2002年、日本ジュニアゴルフ選手権競技(15〜17歳女子の部)、サンスポ女子アマ優勝。2004年4月には「再春館レディース」で不動裕理らとプレーオフを演じた。8月プロテスト合格、チャレンジツアー(下部ツアー)の「穴吹工務店レディースカップ」でプロ初優勝。12月、当該年度のプロテスト合格者による「日本女子プロゴルフ新人戦・加賀電子カップ」優勝。2004年の獲得賞金は1734万7584円で27位。
プロテストには2位で合格したため、当初はツアーの残りのうち前年成績によるものを含め3試合しか出場権を得られなかった。しかしデビュー戦の「フジサンケイレディスクラシック」で4位に入ると、続く2試合も10位、2位と健闘。更には「穴吹工務店レディースカップ」での優勝でツアー3試合の出場権を獲得、その試合も活躍し2005年のシード権を得た。
2005年1月には米男子ゴルフ「ハワイ・パール・オープン」に参戦。予選で一時暫定5位につけるなど健闘し、通算6アンダーで17位(優勝記録は14アンダー)。ドライバーは男子顔負けの飛距離で、地元紙などで絶賛された。同大会では前年にミシェル・ウィー(アメリカ)が38位に入ったが、これを大きく塗り替える記録となった。
2005年4月8日〜10日の「スタジオアリス女子オープン」はトップで最終日を迎えたがスコアを大きく落としこの大会での初優勝はならなかった。しかしその1週間後、前大会までキャディを務めていた本仮屋沙織に代わり父親がキャディーの下、2005年15日〜17日に行われた「ライフカードレディス」で、念願の国内女子ツアー初優勝を決めた。
初優勝後はなかなか優勝争いに加わることができず、予選落ちも経験したが、2005年9月23日〜25日に行われた「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」で見事2勝目を上げた。しかも父親以外のキャディーでの優勝ということもあり、プロゴルファーとして自立への一歩となった。
2005年度ツアーの獲得賞金は6934万7016円で4位。
2006年のニチレイレディスで2006年度初優勝を達成。自身初の完全優勝となる。
2006年のベルーナレディースカップゴルフトーナメントで年間2勝目を達成。トーナメントレコードを更新し2位に5打差をつけて自身の目標だったぶっちぎり優勝を達成する。
2006年の最終戦LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップでメジャー初優勝。年間3勝の目標を達成する。
2006年度ツアーの獲得賞金は9638万7662円で3位。
2007年度に自身初の年間獲得賞金一億円を突破。(日本女子プロゴルフ史上6人目)
2007年度ツアーの獲得賞金は1億1494万5890円で2位。


テイクバックでヘッドが地面を刺すほどの極端なオーバースイングが特徴。素人はおろか、他のプロにも真似のできない独特のスイングは、父・良郎がゴルフを生業とする人間(プロゴルファーやティーチングプロなど)でなかったからこそ生み出されたものだと言える。

横峯は小学4年生で出場した全国小学生大会で優勝している。この時2位だったのが宮里藍。宮里とは同学年で、中学、高校と鎬を削った良きライバルである。女子ゴルフ新世代を担う2人として大いに期待されている。
横峯さくら - Wikipedia

YOKOMINESAKURA.com(公式ウェブサイト)

SAKURA BLOG(本人による公式ブログ)


posted by ぴかまま at 05:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女子プロゴルファー
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