2009年12月29日

浅田真央★<全日本フィギュア>浅田真央、今季初めて満面の笑み  女子SP

<全日本フィギュア>浅田真央、今季初めて満面の笑み  女子SP

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浅田真央(あさだまお、1990年9月25日 - )は、日本の女性フィギュアスケート選手。愛知県名古屋市出身。愛称は「真央ちゃん」。中京大学附属中京高等学校に在籍。姉は同じくフィギュアスケート選手の浅田舞

2008年世界選手権、2008年四大陸選手権、2005年グランプリファイナル優勝。国際スケート連盟における世界ランキング第2位[1]。現在の採点法における総合得点199.52点はISU歴代最高得点である

愛知県名古屋市生まれ。名古屋市立高針小学校、名古屋市立高針台中学校卒業。現在は中京大学附属中京高等学校に在籍。名前の真央は、父親が女優の大地真央のファンであったことに由来する。日本のマスコミからは「氷上の妖精」「ミラクルマオ」と称される。モットーはすべての試合でパーフェクトな演技をして優勝すること。

尊敬しているフィギュアスケート選手は伊藤みどり。過去に伊藤の衣装を着用して大会に出場した事もあり、「みどりさんのパワーがつまっている気がして、それを着て滑るといつも調子がいい」と語っていた。長野オリンピック金メダリストのタラ・リピンスキーにも憧れの言葉を寄せており、リピンスキーの演技を見て自身もオリンピックに出たいと思うようになったという。[2]。好きなフィギュアスケート選手はサーシャ・コーエン。最も印象に残っている演技として、荒川静香の2004年世界選手権『トゥーランドット』を挙げている。趣味はショッピング。好きな食べ物は肉料理、カレー(甘口)、菓子。歌手の浜崎あゆみの大ファンで、バレエ曲などのクラシック音楽も好んでいる。 愛犬は、2005年世界ジュニア選手権で優勝した際に買ってもらったトイ・プードルの「エアロ」。名前はネスレの菓子ブランド名AERO(エアロ)に由来し、同製品のイメージキャラにも選ばれた。2007年のジャパンスーパーチャレンジではエアロを抱いて演技している。真央は大の犬好きであるが、犬アレルギーでもある[3]。2007年にはエアロが「ティアラ」と「小町」を出産した。前者は真央が、後者は姉の舞が命名した。

5歳の時、友人の勧めで姉の舞と共にスケートリンクに遊びに行き、スケートと出会う。舞と共に門奈裕子コーチが教える名東フィギュアスケートクラブに入会。当時、同クラブには安藤美姫も所属していた。3歳から9歳まではバレエのレッスンも受けていた。フィギュアスケートをするか器械体操をするか迷った時期もあったという。

2000-2001シーズンからグランプリ東海クラブに所属し、山田満知子・樋口美穂子両コーチに師事。小学6年生の時に特例で出場した全日本選手権で不完全ながら3回転-3回転-3回転のコンビネーションジャンプ(3回転フリップ+3回転ループ+3回転トウループ)を跳び「天才少女」と呼ばれた。

2000-2001シーズンから2001-2002シーズンまで全日本ノービス選手権Bクラスで2連覇、2002-2003シーズンから2003-2004シーズンまで全日本ノービス選手権Aクラスで2連覇を達成。

2004-2005シーズン、ジュニアグランプリシリーズでジュニアの国際大会デビューを果たす。ジュニアグランプリシリーズの3戦全てで優勝し、同年のジュニアグランプリファイナルにて、女子ジュニアの主要国際大会では史上初となる3回転アクセルに成功した。全日本ジュニア選手権でも初優勝。シニアクラスの全日本選手権では、総合2位となり初の表彰台に上った。初出場の世界ジュニア選手権では優勝した。このシーズンに出場した国際大会ではすべて優勝している。

2005-2006シーズン、シニアの国際大会にデビューとなるグランプリシリーズに出場。初戦の中国杯では2位、2戦目のエリック・ボンパール杯では、グランプリシリーズ初優勝を飾り、グランプリファイナルに初出場を決めた。グランプリファイナルでは、フリースケーティングで3回転アクセルを含む全てのジャンプを成功させ、日本人及び日本女子選手として村主章枝以来2人目の優勝を飾る。全日本選手権では、フリースケーティングで女子シングル史上初となる2回のトリプルアクセルを成功させる(ISU非公認)も、コンビネーションのセカンドトウループが1回転となるミスがあり、2年連続の2位となった。連覇が期待された世界ジュニア選手権でもジャンプのミスが響き2位に終わった。トリノオリンピック出場を期待する声もあったが、ISUの定めた年齢制限に87日足りないため代表資格を得られなかった。

2006-2007シーズン、舞と共に拠点を米国ロサンゼルスに移し、ラファエル・アルトゥニアンに師事。 グランプリシリーズ2戦目のNHK杯では、総得点で歴代1位を記録し優勝した。2季連続で出場したグランプリファイナルでは、フリースケーティングのジャンプで2度転倒し、2位に終わった。地元名古屋開催の全日本選手権では、右手小指を骨折しながらも初優勝を果たした。東京開催の2007年世界選手権に初出場。ショートプログラムでコンビネーションジャンプにミスがあり出遅れるが、フリースケーティングで巻き返し2位。オフシーズン中には北米のアイスショー「スターズ・オン・アイス」に招待され、2公演に出演した。

2007-2008シーズン、夏にロシアのタチアナ・タラソワの下に渡り、バレエのレッスン等で表現力や芸術性の強化に力を注いだ。グランプリシリーズは初戦、2戦目ともに優勝。3季連続出場のグランプリファイナルでは、ショートプログラムで大きなミスがあり6位と出遅れたが、フリースケーティングで巻き返し総合2位となった。大阪開催の全日本選手権では、ショートプログラムで今季ミスの続いていた3回転フリップ - 3回転ループを成功させ首位に立つ。フリースケーティングでは冒頭のトリプルアクセルが1回転半になり2位となったが、総合で1位となり2連覇を達成。

2008年1月、慣れない海外生活での心労や2007年5月に中京大学のフィギュア専用リンクが完成し国内で練習に専念できる環境が整ったことを理由に、練習拠点を米国から愛知に戻すこと、このシーズン限りで約1年半師事してきたアルトゥニアンとの師弟関係を解消することを発表した。以降の試合にアルトゥニアンは同行せず、日本スケート連盟のフィギュア強化副部長である小川れい子が代役として側についた。

2008年四大陸選手権で初出場初優勝。2008年世界選手権では、フリースケーティング冒頭の3回転アクセルに入ろうとした所で大きく転倒したものの、その後は落ち着いて演技をまとめ[4]、ショートプログラム首位のカロリーナ・コストナーを逆転して優勝。日本人選手として歴代5人目の世界女王となった。

浅田真央 - Wikipedia

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posted by ぴかまま at 03:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ
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