2008年01月07日

M-1優勝サンドウィッチマン 大量の手紙・仕事来る

M-1優勝サンドウィッチマン 大量の手紙・仕事来る

 M-1グランプリ2007で優勝したお笑いコンビ・サンドウィッチマン伊達みきお(33)さんが、1月6日に書いたブログで大量のファンレターを公開しました。

 ブログでは以前は食べたものの紹介や、知り合い芸人の話をブログで書くことが多かった伊達だが、最近は「こんな仕事が待っている」「こんな仕事をした」的な話が多く、まさに超売れっ子状態!!。

 大量のファンレターの中には、電話番号やアドレス、写真を入れるなど熱心なファンも多いようで、「びっくりしながら拝見させて頂いています」という。他にもテレビ番組の生出演情報を紹介など、たくさんの仕事を抱えているようで、M-1優勝効果のすさまじさを語っているそうです。

M-1グランプリで、サンドウィッチマンを初めて見たときは、「こ、こわい顔だー、今後テレビ受けするんだろーか」と思ったものでしたが・・その後、テレビでみると・・慣れてきましたw(^O^)w

我が家でも、応援してます(ワタシとぴ太郎ですけど・・)早く、一杯テレビで見たいものです

お正月番組で、ちらっと出てきたときは・・「細くながーく続けたい、月25万の収入で十分なんです」と語っていた、、サンドウィッチマンです

★★★

サンドウィッチマン、憧れの芸人は“さまぁ〜ず”だった! 2007-12-27
結成8年のサンドウィッチマン

仙台から上京し、都内の木造アパートで同居生活を送っていた2007年M−1グランプリの覇者サンドウィッチマンに取材やテレビの出演依頼が殺到しているそうです。(そりゃ、そうでしょー。敗者復活戦からの優勝者ですもんね)

サンドウィッチマンは さまぁ〜ず を憧れのしていたとか。

さまぁ〜ず(SUMMERS)は、1990年代前半、関東期待の若手芸人としてテレビ・ラジオ等で「バカルディ」として活躍。一時、不遇の時代があったものの、活動を舞台に移し、コンスタントに活動を続け、2000年以後のお笑いブームの中にあって、いつでも一定以上の仕事が出来る中堅コンビとしてテレビ番組や舞台、書籍など様々な分野で活動し、2003年、第41回ゴールデン・アロー賞芸能賞受賞しているそうですー


サンドウィッチマン、憧れの芸人は“さまぁ〜ず”だった!

M-1優勝でサンドウィッチマンのブログに大量コメント
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サンドウィッチマン (お笑いコンビ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

サンドウィッチマンは、フラットファイヴに所属するお笑いコンビ。1998年9月にコンビ結成。2007年M-1グランプリ王者。コンビ名はサンドウィッチマンに由来

メンバー
伊達みきお(だてみきお、1974年9月5日 - )

ツッコミ担当。パワフルな突っこみはプロの間で定評がある。
宮城県仙台市出身。身長170cm。体重88kg。趣味は野球を始めとするスポーツ。
仙台藩家臣で一家の家格をもっていた大條氏嫡流で明治期に伊達姓に復姓した家の出である。
富澤たけし(とみざわたけし、1974年4月30日 - )

ボケ担当。ネタ作りも担当している。
東京都生まれ宮城県仙台市育ち。身長170cm。体重76kg。趣味はTVゲーム、ワールドサッカー観戦。

ネタ
代表ネタ;「街頭アンケート」「ピザの宅配」「テレビショッピングの生放送」「母親からの手紙」「親父に怒られるとき」「タバコ禁止区域に足を一歩踏み入れた時」「ハンバーガー屋」「警官とコンビニ帰りの客」「ガソリンスタンド」「引越し」「スピーチの練習」「旅行代理店」「結婚式の予約」など多数。

ヤクザのような外見をしている伊達を富澤が「暴力団の方ですか?」「出所祝いですか?」などといじり、伊達がつっこむ(実際、伊達は歌舞伎町を歩いていたら本物のヤクザに「大久保さんですよね?!」と組の偉い人に間違われた事があるという)。

富澤が言葉を勘違いしたり「ちょっと何言ってるかわかんないですね」とボケ、すかさず伊達が言い間違いを指摘したり、「なんで何言ってるかわからないんだ」とつっこむ。なお、二人のブログはお互いこのネタからタイトルをつけている。

元ラガーマンのため二人共体格は似ているが、相対的に恰幅のよい伊達の体型を富澤がいじる。

本人達はネタ以外ではボケ、ツッコミの役割分担は気にしていないため、フリートークでは自由なポジションで対応している。

来歴
2人は仙台商業高等学校の同級生で、高校時代のラグビー部で知り合う。
卒業後、お笑い芸人になりたかった富澤は、仙台吉本に所属[1]して別の相方と組んでいたが、本来は伊達と組みたいと考えていた。
1998年、福祉関係の仕事に就いていた伊達[1]が退職するのを待って二人で上京(これは同期だったポプラ並木が上京し、お笑い芸人として活動を始めた影響とのこと)。
二人はまず『親不孝』と言うコンビを結成、その後、浜田ツトムを入れたトリオで『サンドウィッチマン』を結成。浜田が脱退(現在は『メインストリート」』というコンビで活動)した後も元のコンビ名には戻さず、そのままになっている[2]。
かつてはホリプロやH・R事務局に所属していた。
2005年・2006年のM-1グランプリでは準決勝まで進み、2007年では敗者復活戦から決勝前半戦を1位通過、最終決戦でも審査員7人中4票を獲得し、優勝を果たす。またM-1グランプリ史上初、敗者復活戦枠からダークホースとして決勝に挑み最終決戦まで進み見事優勝を勝ち取ったコンビとなった。
2007年10月27日、2人の母校・仙台商業高等学校の文化祭「仙商祭」に出演した。ただし、2人が在学中の頃の青葉区の校舎から、泉区に新築移転していた。
東京進出9年の今でも、コンビ2人でアパートに住んでいる。

受賞歴
第7回M-1グランプリ優勝(2007年)

^ a b c 2007年12月24日記事(SANSPO.COM)
^ 2007年11月18日(富澤のブログ)
^ 2007年10月26日(伊達みきおのブログ)

公式サイトhttp://sandwichman.fc2web.com/

. 昭和のサンドイッチマンは凄かった | エキサイトニュース http://www.excite.co.jp/News/bit/00031108453116.html


posted by ぴかまま at 03:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | お笑い芸人
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